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2016年 3月 8日
平成27年度第2回(2016年1月実施)電気通信主任技術者試験の「通信線路」の問3(2)(i)の過去問です。 分散制御光ファイバに関する問題です。「伝送」や「水底線路」でも、出題され得る問題です。
出題は、下のとおりです。アンダーラインの部分の(オ)に適した番号を選ぶ問題です。
分散制御光ファイバについて述べた次のA~Cの文章は、(オ)。
A | 分散シフト光ファイバは、光ファイバの屈折率分布を制御して導波路分散の波長依存性を変化させることにより、ゼロ分散波長を1.3μm 帯から1.55μm 帯にシフトさせた光ファイバである。 |
B | 分散フラット光ファイバは、光ファイバの屈折率分布を制御して材料分散とは符号の反転した導波路分散を形成することにより、広い帯域にわたり分散スロープをゼロに近づけた光ファイバである。 |
C | 分散マネジメント光ファイバは、光ファイバの長手方向に非線形光学特性の異なる区間を設けることにより、局所的な波長分散は非ゼロとしながらも伝送路全体で累積波長分散を低減した光ファイバである。 |
① Aのみ正しい | ② Bのみ正しい | ③ Cのみ正しい | |
④ A、Bが正しい | ⑤ A、Cが正しい | ⑥ B、Cが正しい | |
⑦ A、B、Cいずれも正しい | ⑧ A、B、Cいずれも正しくない | ||
⑦ A、B、Cいずれも正しい | |||
⑧ A、B、Cいずれも正しくない |
「④ A、Bが正しい」が正解です。
分散は、光伝送特有の劣化要因です。分散の影響を抑えるための特殊な光ファイバが、分散制御光ファイバです。 問題文のAとBは、分散をゼロに近づける分散制御光ファイバについてです。 しかし、分散をゼロにしても、光伝送の劣化を抑えることはできません。 分散をゼロにすれば、分散の直接的な影響が抑えられますが、別の面で劣化が発生してしまうのです。 この点が、問題文のCに関係してきます。
本題の分散制御光ファイバに触れるまえに、まずは分散について整理します。
分散という言葉は、光ファイバを伝播するパルスは、伝播するに従い波形が崩れて、パルスが広がっていくことに由来しています。 では、なぜパルスは広がるのでしょうか。光の信号は、いろいろな光の波が混ざり合っています。 パルスを構成する光の成分の進む速さが異なると、ある成分は前に進み、別の成分は後ろへ遅れます。
たとえば波長に注目すると、パルスはいろいろな波長の成分から構成されています。 そして、通常の光ファイバでは、長い波長の光は短い波長の光より速く進みます。 そのため、長い波長の成分は前に進み、短い波長の成分は後ろへ遅れます。 その結果、パルス全体としては、前後に広がっていきます。これが分散です。
では、「いろいろな光の波が混ざり合って」の「いろいろな」とは、具体的には何が「いろいろ」なのでしょうか。 先の例では、波長の違いによる分散を挙げましたが、他にもあります。「いろいろな」があるのは、次の3点です。
1点目のモードの違いによる分散は、そのままのネーミングで、モード分散と呼ばれます。 光の伝播路の長さの違いにより発生する分散です。下の図は、光ファイバのコアの中で、 異なる経路で光が伝播する様子を示しています。実線と点線の長さは、同じです。 点線のほうが斜めになっているので、光の進み方が遅くなっています。
モード分散の根本的な解決は、モードを1つにすることです。つまり、シングルモード光ファイバを使うことです。 シングルモード光ファイバはモード分散が発生しないため、マルチモード光ファイバより、高品質の伝送が可能なのです。
2点目の波長の違いによる分散も、そのままのネーミングで、波長分散と呼ばれます。 前セクション「分散とは」の分散の例は、波長分散です。今回の問題のテーマである分散制御光ファイバは、 この波長分散をコントロールするためのものです。波長分散については、次以降のセクションで詳しく説明します。
3点目の偏波の違いによる分散は、偏波モード分散と呼ばれます。直交する2つの偏波モード間で、光の速さに差があるために発生する分散です。
波長分散は、発生原因により材料分散と構造分散に分類されます。
材料分散は、材料に起因する分散です。光ファイバの製造時に、材料分散を大きく変化させることはできません。
これに対して、構造分散は光ファイバの構造に起因する分散です。屈折率分布などを工夫することで、変化させることができます。
下の図は、屈折率分布の例です。水平方向は、光ファイバの直径方向です。垂直方向の高さは、屈折率を示しています。
波長分散の大きさは、波長が1 nm 異なる2つの単色光を1 km 伝搬させたときの伝搬時間差で示されます。つまり、1 nm の波長差のある光が、1 km 進むと、どれだけ時間差ができるかで示されます。 時間差は、パルスの時間的幅を単位とするため、波長分散の単位は〔ps/nm/km〕となります。
下のグラフは、通常の光ファイバの分散の例です。
分散特性が上のグラフのようになっている場合、波長が1.3 μm より長いと、パルスが進みます。逆に波長が1.3 μm より短いと、パルスが遅れます。1.3 μm 近辺では、分散の大きさがほぼゼロになります。この分散がゼロとなる波長は、ゼロ分散波長と呼ばれます。
問題文Aは、正しい文章です。
分散シフト光ファイバは、光ファイバの屈折率分布を制御して導波路分散の波長依存性を変化させることにより、ゼロ分散波長を1.3μm 帯から1.55μm 帯にシフトさせた光ファイバである。
分散シフト光ファイバ(DSF)は、波長が1.55 μm のときに、分散がゼロとなるようにした光ファイバです。分散がほぼゼロになるため、長距離の伝送でもパルス波形が崩れにくくなります。
分散シフト光ファイバでは、ゼロ分散波長を1.3 μm から1.55 μm へシフトさせるために、構造分散を調整しています。分散シフト光ファイバの分散の例を、下のグラフに示します。 黒い線がシフト前、赤い線はシフト後です。 構造分散の曲線が大きく下へ移動しているのがわかります。なお、材料分散はシフトしません。
問題文Bは、正しい文章です。
分散フラット光ファイバは、光ファイバの屈折率分布を制御して材料分散とは符号の反転した導波路分散を形成することにより、広い帯域にわたり分散スロープをゼロに近づけた光ファイバである。
問題文にある「導波路分散」とは、構造分散のことです。分散シフト光ファイバの構造分散は、ゆるやかな右下がりになっています。 一方、分散シフト光ファイバの材料分散は、急な右上がりです。そのため、波長分散全体は、急な右上がりとなり、 分散がゼロとなる波長域は1.55 μm の近くだけに限られています。
このようにゼロ分散となる波長域が狭いと、WDM(波長分割多重)での利用が難しくなります。 WDMとは、複数の波長の光信号を1本の光ファイバで伝送することより、大容量の伝送を実現する技術です。 波長を高密度に配置するタイプのWDM(DWDM)の中心周波数は、1.530~1.625 μm の範囲と、ITU-T勧告G.694.1で規定されています。 したがって、1.55 μm 近辺だけでゼロ分散になる光ファイバは、WDMでは分散を抑えることはできません。
そこで、構造分散を急な右下がりとすることでトータルの波長分散の傾き(分散スロープ)を平坦にする光ファイバが開発されました。 これが分散フラットファイバです。分散フラットファイバ(DFF)は、1.3~1.6 μm の広い波長域において、分散がほぼゼロとなります。
分散をゼロにすれば、パルス波形が崩れることなく、長距離の伝送が可能になります。 しかし、分散をゼロにすると、別の劣化が発生します。非線形光学効果による劣化です。
非線形光学効果にもいろいろありますが、特に大きな劣化要因となるのが、四光波混合です。 四光波混合は、周波数の異なる3つの光があるとき、第4の周波数の光が発生する現象です。 WDMにおいて、チャネル間の漏話が発生する原因となります。
そのため、非線形光学効果を抑えるため、ゼロ分散波長を信号波長である1.55 μm から、 若干ずらした光ファイバが使われます。これは、非ゼロ分散シフト光ファイバ(NZ-DSF)と呼ばれます。
しかし、非ゼロ分散シフト光ファイバを単純に使うだけでは、限界があります。 非ゼロ分散シフト光ファイバでは、ゼロではない若干の分散値が残ります。海底ケーブルのような長距離の伝送になると、 小さな分散が積もり積もって、 無視できない大きな分散になります。したがって、分散と非線形光学効果の問題解決の両立を図るための、 新たな対策が必要になります。
問題文Cは、誤った文章です。正しくは、以下のようになります。アンダーライン部分が、誤っていた部分です。
分散マネジメント光ファイバは、 光ファイバの長手方向に分散特性の異なる区間を設けることにより、局所的な波長分散は非ゼロとしながらも伝送路全体で累積波長分散を低減した光ファイバである。
分散マネジメント光ファイバ(DMF)は、分散の問題解決と非線形光学効果の問題解決の両立を図るものです。 分散マネジメント光ファイバは、逆の分散特性を持つ2種類の光ファイバを組み合わせています。 長波長の成分は、正の分散値を持つ部分で、他の成分より進みます。 進んだ長波長の成分は、負の分散値を持つ部分で、他の成分より遅れます。2種類の光ファイバの長さを調整し、分散の影響を相殺させます。 分散値を相殺させて分散の影響を抑えることは、分散補償と呼ばれます。
分散マネジメント光ファイバでは、逆の分散値を持つ2種類の光ファイバを組み合わせ全体的な分散値をゼロにすることで、波形の劣化を防いでいます。 そして同時に、局所的な分散を非ゼロにすることで、非線形光学効果による劣化も防いでいます。分散の問題解決と非線形光学効果の問題解決の両立が、実現されています。
単なる分散補償だけならば、非ゼロ分散シフト光ファイバでも実現可能です。 短波長方向にシフトさせた非ゼロ分散シフト光ファイバと、長波長方向にシフトさせた非ゼロ分散シフト光ファイバを、 組み合わせればよいのです。そうすれば、ゼロ分散波長で分散の影響を相殺させることができます。
しかし、この方法には問題があります。それは、分散がゼロとなる波長域の幅の問題です。これは、分散スロープと大きく関係します。
分散スロープとは、分散のグラフの傾きのことです。 非ゼロ分散シフト光ファイバを組み合わせた場合、同じ傾きの分散特性を重ね合わせるので、 傾きはさらに大きく、つまり分散スロープが大きくなります。 分散スロープが大きくなると、分散がゼロとなる波長域は狭い範囲に限られてしまいます。 したがって、WDMを使う場合の分散補償には向いていないのです。 分散フラット光ファイバが必要とされた背景と、同じ問題です。
しかし、分散マネジメント光ファイバならば、波長域の幅の問題も解決できます。 分散マネジメント光ファイバの2種類の光ファイバは、分散値の正負が逆であるだけでなく、分散スロープも逆になっています。 つまり分散のグラフの傾きが、一方は右上がりで他方は右下がりで逆になっています。そのため、 全体としての分散スロープが小さくなり、広い波長域で分散の影響を抑えられます。
非ゼロ分散シフト光ファイバと分散マネジメント光ファイバの分散補償の違いのイメージを、 下の図に示します。左が非ゼロ分散シフト光ファイバの場合、右が分散マネジメント光ファイバの場合です。網がけの部分が、分散がほぼゼロの範囲です。 2つの点線は異なる分散特性を持つ光ファイバの特性、実線は2つを組み合わせたときの分散特性を示しています。 なお、この図は飽くまでイメージ図です。本物は、図にあるようなきれいな対称形ではありません。
試験勉強では、すでにある技術の特徴の整理が必要になります。 技術を出発点にして、長所や短所を整理する形です。しかし、技術の開発は、まず解決すべき課題があります。 ひとつの技術的課題の解決のため、いろいろな候補があり、取捨選択されてきた経緯があるはずです。 本来は、課題が出発点で、課題解決のために技術が開発されるのです。
今回は、分散値をゼロにするという課題からスタートしました。分散シフト光ファイバでは、 分散をゼロにすることはできます。しかし、ゼロにできる波長域が狭いという問題が残ります。 その問題は、分散フラット光ファイバによって解決されます。 しかし今度は、分散をゼロにすると非線形光学効果による劣化の問題が出てきます。 そして、最後は分散スロープの問題も出てきます。これらの課題を解決するために、さまざまな技術が開発されています。
解決すべき課題が見えてくると、それぞれの技術のイメージがしやすくなります。 関連づけて知識を整理する際は、このような課題を出発点として整理するアプローチも心がけてください。
このページの図は、日本理工出版会刊「伝送交換設備及び設備管理-専門科目(伝送・交換)にも対応」の一部を、 著作者と出版社の許諾を得て使用しています。