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2017年 5月 8日
平成27年度第1回(2015年7月実施)電気通信主任技術者試験の「通信線路」の問2 (1)の過去問です。
出題は、下のとおりです。アンダーラインの部分の(ア)~(エ)に適した番号を選ぶ問題です。
光石英系光ファイバは、本質的には非線形性が非常に小さい媒質であるが、光ファイバ伝送においては、 光を細径のコアに閉じ込めるためにパワー密度が高いこと、低損失であり相互作用長を長くできることなどにより、 各種の非線形相互作用が顕著に現れる。
高強度の短光パルスが光ファイバに入射されると、 光の電界で光ファイバ物質中の電子の軌道が変化することによって(ア)が変化する (イ)効果といわれる現象が発生する。 光パルス自身が誘起した(ア)変化により位相が急激に変化する現象は、 自己位相変調といわれ、光パルスは大きな周波数変化を伴う。
波長の異なる三つの光が3次の非線形分極を介して新しい第4の光が発生する現象は、四光波混合といわれる。 四光波混合は、WDMシステムではチャネル間干渉の原因となることから回避すべき現象の一つであるが、 これを積極的に応用した例として (ウ)技術がある。
高強度の光が光ファイバに入射されたとき、光ファイバ中に発生する音波と光との相互作用が原因で非線形散乱が生ずる。 非線形散乱の一つである誘導ラマン散乱は、入射光と(エ) との相互作用によって入射光が散乱され、 入射光より周波数の低いストークス光が発生する現象であり、 入射光の周波数を変えることにより任意のストークス光を発生させ信号光を増幅することが可能である。
① 光ソリトン | ② プローブ光 | ③ 光強度 | ④ 光増幅 |
⑤ 光カー | ⑥ センシング | ⑦ ブラッグ | ⑧ ファラデー |
⑨ 音響フォノン | ⑩ 後方散乱光 | ⑪ 屈折率 | ⑫ 伝搬モード |
⑬ 分散補償 | ⑭ 波長変換 | ⑮ MFD | ⑯ 光学フォノン |
(ア) ⑪ 屈折率 | (イ) ⑤ 光カー |
(ウ) ⑭ 波長変換 | (エ) ⑯ 光学フォノン |
石英系光ファイバは、本質的には非線形性が非常に小さい媒質であるが、光ファイバ伝送においては、 光を細径のコアに閉じ込めるためにパワー密度が高いこと、低損失であり相互作用長を長くできることなどにより、 各種の非線形相互作用が顕著に現れる。
高強度の短光パルスが光ファイバに入射されると、 光の電界で光ファイバ物質中の電子の軌道が変化することによって屈折率が変化する光カー効果といわれる現象が発生する。 光パルス自身が誘起した屈折率変化により位相が急激に変化する現象は、自己位相変調といわれ、 光パルスは大きな周波数変化を伴う。
波長の異なる三つの光が3次の非線形分極を介して新しい第4の光が発生する現象は、四光波混合といわれる。 四光波混合は、WDMシステムではチャネル間干渉の原因となることから回避すべき現象の一つであるが、 これを積極的に応用した例として波長変換技術がある。
高強度の光が光ファイバに入射されたとき、光ファイバ中に発生する音波と光との相互作用が原因で非線形散乱が生ずる。 非線形散乱の一つである誘導ラマン散乱は、入射光と光学フォノン との相互作用によって入射光が散乱され、 入射光より周波数の低いストークス光が発生する現象であり、 入射光の周波数を変えることにより任意のストークス光を発生させ信号光を増幅することが可能である。
非線形光学現象は、比較的出題頻度の高いテーマです。
主な非線形光学現象には、以下のものがあります。
分類 | 名称 |
---|---|
非線形屈折率変化 | 自己位相変調 |
相互位相変調 | |
四光波混合 | |
誘導散乱 | 誘導ラマン散乱 |
誘導ブリルアン散乱 |
「非線形」の「線形」とは、2つの量の間の関係が、1次の関係式、つまり y = a x + b の形で表せることです。したがって、2次以上の関係があると、「非線形」になります。
では、非線形光学現象における2つの量とは、何でしょうか。それは、電界と分極です。物体の外にあって、 物体に電気的な影響を与えるのが、電界です。電界の影響を受けて、物体の中の電界の分布が変化します。 この変化を現したものが、分極です。仮に非線形光学効果が無いとすると、分極Pと電界Eの関係は、 イメージ的には以下の式のようになります。正確な式は、3次元ベクトルの式になり、x成分、y成分、z成分が絡み合って、 必要以上に煩雑なるので、ここでは単純化して書いています。
P = χ1E
ここでχ1(χは、ギリシア文字のアルファベットで「カイ」と読みます)は、 線形(1次)の効果の大きさを示す定数で、線形感受率と呼ばれます。 現実には線形効果だけでなく非線形光学効果が存在します。 そのため式(1)のように単純ではなく、 式(2)のようなイメージになります。
P = χ1E + χ2E×E + χ3E×E×E + …
式(2)も、式(1)と同様に、本来は3次元ベクトルの式です。 簡略化したイメージ的な式なので、ご了承ください。
式(2)にあるχ2とχ3は、それぞれ2次と3次の非線形光学効果の大きさを示す定数です。 χ2は2次の感受率、χ3は3次の感受率と、それぞれ呼ばれます。 通常、 χ2は、χ1より非常に小さな値です。また、χ3は、 χ2より非常に小さな値です。つまり、次数が大きくなるほど、効果は小さくなっていきます。
まず1つ目の段落です。
石英系光ファイバは、本質的には非線形性が非常に小さい媒質であるが、光ファイバ伝送においては、 光を細径のコアに閉じ込めるためにパワー密度が高いこと、 低損失であり相互作用長を長くできることなどにより、各種の非線形相互作用が顕著に現れる。
石英系光ファイバとは、石英系ガラスを主成分とする光ファイバです。もっとも広く使われている光ファイバです。 光ファイバで使われるガラスには、石英系ガラスのほかに、多成分系ガラスやフッ化物ガラスがあります。 また、ガラス以外に、プラスチックを使う光ファイバもあります。 これらの非石英系光ファイバにくらべ、石英系光ファイバは、低損失で長期的安定性に優れている点が特長です。
石英系光ファイバのシングルモード光ファイバでは、コアの直径は約10μmです。 この細いコアに光を閉じ込めるために、パワー密度が高くなります。これは、式(2)におけるEが大きくなり、 第2項や第3項の非線形の部分が無視できなくなるほどに大きくなることを意味しています。
なお、このパワー密度の高さが出題されたこともあります。平成24年度の第1回、問2の(1)です。該当部分は、以下のとおりです。 アンダーライン部分が穴埋めになっていました。
光ファイバの材料に用いられる石英(SiO2)は非線形性が小さい物質であり、 光のパワー密度が小さい状況では、物質の分極は、光の電界強度に比例する。 しかし、シングルモード光ファイバは、直径10〔μm〕程度のコア内を光が伝搬するため、 1〔W〕の光が光ファイバに入射された場合のパワー密度は約1〔MW/cm2〕 となる。このようにパワー密度が高くなることに加え、光ファイバは損失が小さいために、 光と媒質の相互作用長が長くなり、様々な非線形現象が起こり、高次の分極が無視できなくなってくる。
また、低損失という性質も、非線形光学効果を大きくする一因になります。 低損失という性質は、長距離通信に適しているという点で、本来は長所です。 しかし、損失が小さということは、電場が相互に影響し合う範囲も広がるということです。 そのため、低損失の場合、非線形光学効果も大きくなります。
2つ目の段落です。
高強度の短光パルスが光ファイバに入射されると、 光の電界で光ファイバ物質中の電子の軌道が変化することによって屈折率が変化する光カー効果といわれる現象が発生する。 光パルス自身が誘起した屈折率変化により位相が急激に変化する現象は、自己位相変調といわれ、 光パルスは大きな周波数変化を伴う。
光カー効果とは、物質の屈折率が光の強度に比例して屈折率が変化する非線形光学効果です。 問題文にあるように、自己位相変調などを引き起こします。
ところで、光カー効果は 「光の強度に比例して」なので、非線形ではなく線形にように見えます。ポイントは、「光の強度」です。 光の強度は、電界の大きさの2乗に比例します。したがって、「光の強度に比例して」は、 言い換えれば「電界の大きさの2乗に比例して」なのです。
式(2)では、第2項の χ2E×E の影響が現れているのが、 光カー効果です。
自己位相変調は、光ソリトンと関係づけられて出題されたことがあります。 最近では、平成27年度の第2回や平成25年度の第2回です。
高強度の光パルスが光ファイバに入射されると、自己位相変調によってパルスの前縁部の波長は長くなり、 後縁部の波長は短くなります。そのため、正常分散領域ではパルス幅は広がり、異常分散領域ではパルス幅は狭くなります。
光ソリトンとは、この異常分散領域における自己位相変調によるパルスの狭まりと、 分散によるパルス幅の広がりが釣り合い、波形が崩れずに伝播するものです。 ソリトンは、長距離を伝送しても波形が崩れない安定した性質があります。光ソリトンを利用した光ソリトン伝送は 、非線形光学効果を応用した高速光通信システムを実現するための技術として注目されています。
3つ目の段落です。
波長の異なる三つの光が3次の非線形分極を介して新しい第4の光が発生する現象は、四光波混合といわれる。 四光波混合は、WDMシステムではチャネル間干渉の原因となることから回避すべき現象の一つであるが、 これを積極的に応用した例として波長変換技術がある。
四光波混合とは、周波数の異なる3つの光が混合している場合、 これらが相互作用し第4の光が生じる現象です。出題頻度が高いキーワードで、2回に1回は出題されています。 この過去問解説のシリーズでも、「第10回 WDMの特徴」で登場しています。
四光波混合は3次の非線形光学効果に起因する現象です。自己位相変調が光カー効果、 つまり2次の非線形光学効果であったのに対して、3次の効果である点が大きな違いです。 式(2)では、第3項の χ3E×E×E の影響によるものです。 この第3項のEの中には、さまざまな周波数が混じっているイメージです。これらが結びついて、新たな周波数成分を生み出すのが、 四光波混合です。
四光波混合が、悪影響を及ぼすのは、WDM(波長分割多重)を使っている場合です。WDMでは、複数の波長の光を、 ひとつの伝送路で多重化します。もし、四光波混合で生じた第4の光の波長が、他の信号光の波長と重なると、 チャネル間干渉が発生してしまいます。
元の3つ光の周波数によって、四光波混合によって生成される光の周波数は、決まってきます。 元の光の周波数をf1とf2とf3、 四光波混合によって生成される光の周波数をf4とすると、 以下のいずれかの関係が成り立ちます。
f1 + f2 + f3 = f4
f1 + f2 = f3 + f4
式(3)のケースは、あまり問題にはなりません。元の3つ光の周波数の値が近い場合、 四光波混合によって生成される光の周波数は3倍くらいになるからです。問題になるのは、 式(4)のケースです。元の3つ光の周波数の値が近い場合、 四光波混合によって生成される光の周波数も、同じくらいの周波数になります。 WDMを使っている場合は、これが他のチャネルに影響を与え、クロストーク(漏話)を発生させます。
式(4)は、WDMにおけるチャネル間干渉を示唆している一方で、 四光波混合によって生成される光の周波数をコントロールできることを意味しています。 元の3つ光の周波数を調整すれば、目的の周波数の光を生成するできるため、波長変換技術として四光波混合を応用できます。 「周波数変換」と書きたいところですが、光通信においては周波数ではなく波長で表現することが多いのです。 光信号は、周波数が何Hzと表現せずに、波長が何nmと表現します。また、多重方式の呼称も「周波数分割多重」ではなく、 「波長分割多重」です。したがって、この場合も「波長変換技術」です。
4つ目の段落です。
高強度の光が光ファイバに入射されたとき、光ファイバ中に発生する音波と光との相互作用が原因で非線形散乱が生ずる。 非線形散乱の一つである誘導ラマン散乱は、入射光と光学フォノン との相互作用によって入射光が散乱され、 入射光より周波数の低いストークス光が発生する現象であり、 入射光の周波数を変えることにより任意のストークス光を発生させ信号光を増幅することが可能である。
フォノンとは、ミクロな振動を粒子として扱ったものです。なお、光も粒子として扱うことがあり、 その場合はフォトンと呼ばれます。問題文にある「光ファイバ中に発生する音波と光との相互作用」は、 言い換えれば「光ファイバ中のフォノンとフォトンの相互作用」です。
フォノンは、音響フォノンと光学フォノンに分類されます。音響フォノンは、 隣のフォノンと同位相で振動するフォノンです。 これに対し光学フォノンは、 隣のフォノンと逆位相で振動するフォノンです。ラマン散乱は、光学フォノンが光と相互作用することにより発生する散乱です。 なお、もうひとつの誘導散乱である誘導ブリルアン散乱は、音響フォノンが光と相互作用することにより発生します。
非線形光学効果による散乱光の周波数は、入射光の周波数とずれが生じます。非線形ならではの現象です。 散乱光の周波数が入射光より低い散乱光は、 ストークス光と呼ばれます。これに対して、散乱光の周波数が入射光より高い散乱光は、 反ストークス光と呼ばれます。誘導ラマン散乱においても、誘導ブリルアン散乱においても、 散乱光のほとんどがストークス光です。
ストークス光が反ストークス光より多いこと、言い換えれば散乱光の大部分は入射光より低い周波数になることは、 光を含めた電磁波の一般的な性質と結びつけると、覚えやすくなります。その性質とは、周波数が高くなるほど (=波長が短くなるほど)、エネルギーが高くなる性質です。エネルギーは、外からエネルギーを注入しない限り、 増えることはありません。逆に減ることあります。発熱によるエネルギーロスが代表例です。エネルギーは、 放っておけば減っていくものなのです。したがって、 周波数の変化は、エネルギーの低い方、つまり周波数の低いほうへの変化が大きくなります。
ストークス光の周波数のずれの大きさは、物質固有です。誘導ラマン散乱の場合、石英系ガラスでは12~15 THzです。 そして、散乱光は、入射光と同方向に強く発生します。入射光の波長を約1.5μmとすると周波数は約200 THz、 散乱光の周波数が12 THz下がれば188 THz、このときの波長は約1.596μmになります。
もうひとつの誘導散乱である誘導ブリルアン散乱では、散乱光の周波数は、入射光より約10GHzほど低くなります。 周波数の変化の大きさは、誘導ラマン散乱に比べ1/1000程度です。さらに、散乱光の向きですが、誘導ラマン散乱とは逆に、 散乱光は入射光とは逆方向に強く発生します。
誘導ラマン散乱は、光伝送の劣化要因のひとつですが、四光波混合と同様に有効利用もされています。 誘導ラマン散乱を有効利用したものが、ファイバラマン増幅器です。誘導ラマン散乱は、見方を変えれば、 入射光の周波数を変えることにより、任意の周波数にストークス光を発生させられる性質です。 この性質を応用したのが、 ファイバラマン増幅器です。
今回の問題で出題されていた非線形光学現象は、自己位相変調、四光波混合、誘導ラマン散乱の3点です。 解説では、誘導ラマン散乱と併せて、誘導ブリルアン散乱についても、解説しました。 この2つは、相互作用するフォノンの種類、周波数のシフトの幅、散乱光の向きなど、対照的な点が多くあります。 このような場合には、対比を活用すれば、効率よく覚えられると思います。
自己位相変調に対する相互位相変調も、対比することで効率化できそうですが、今回の解説では触れていません。 実は、平成22年度以降の出題を見ると、「自己位相変調」の登場回数30回に対して、「相互位相変調」はわずか3回なのです。 そのため、今回は説明を割愛しました。ご了承ください。